Yokoの気まぐれ日記(6月分)





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1998年6月29日(月)    W杯、日本代表帰国

   今日は体調不良で会社を休み、お医者さまに行ってきました。
   それにしても、人間の身体というのはいろいろなことがいろいろな形で影響を及ぼすものですね。
   別に自分がとりたててデリケートな人間だと言いたいわけではありませんが。(苦笑)
   ところで、W杯日本代表が帰国しました。
   かなりの数のサポーターが空港で出迎えたようですが、その中で城選手が顔に水をかけられるという
   「事件」がありました。
   確かに試合を観ていて、城選手のプレーにもどかしさを感じた人は多かったのでしょうが、そんなことを
   して何になるのでしょうか。
   もともと日本はW杯に出られたことそのものがぎりぎりでしたし、初出場で思うような試合が出来るほど
   W杯は甘い場所では無かったということだと思います。
   いろいろ思うところがあっても、1か月ぶりに日本に帰ってきた選手たちを、せめて暖かく迎えて欲し
   かったです。
   ただ、それでもその後の記者会見に城選手は出席しましたが、中田選手は「話すことは何も無い」と
   言って、そのまま帰ってしまいました。
   私がどうしても中田選手を好きになれないところは、そういうところなのです。
   他の選手たちが疲れ切った顔をしながらも、きちんと質問に答え、悔しさを口にしているのを見ながら
   どうしても「中田って勝手だなぁ」と思ってしまう私でした。


1998年6月28日(日)    ジャイアンツ、サヨナラ勝ち、ロッテは・・・

   今日は念願の新しいモデムを購入しました。(^_^)
   但し、まだ研究する時間が無いので使い始められるのは、しばらく先になりそうです。
   それに何といってもマシン自体が非力なので、そちらの改造の方も何とかしたいと思っています。
   ところで、野球の方はロッテが何と泥沼の12連敗。(号泣)
   スポーツニュースでイワオが打球を後ろにそらす場面がしっかり映し出され、思わず目をおおいたく
   なりました。
   チーム打率も防御率もいいのに、どうして最下位なのでしょうか。(謎)
   やはり河本・成本の穴は大きいです。
   一方、ジャイアンツの方は、ローテーションの谷間で横浜に先制され、一度逆転したものの同点に
   追いつかれながら、最後は清原選手の3ランでサヨナラ勝ち。
   ジャイアンツに来て初めてのサヨナラホームランを打った清原選手の、ヒーローインタビューの最後の
   「ファンへのメッセージ」は「勇気をありがとうございました」でした。
   サヨナラで盛り上がっていたところにこの言葉、何だか思わずじーんときてしまいました。
   清原選手が本当にジャイアンツというチームを愛して、そのチームの勝利に貢献したいと願っている、
   そんな気持ちが伝わって来たような気がします。
   ロッテの選手たちにも、ファンの気持ちが伝わりますように。


1998年6月27日(土)    W杯が終わって・・・

   昨夜は眠くてうとうとしそうになるのを必死でこらえながら、W杯、日本−ジャマイカ戦をTV観戦。
   日本中(?)の、そして現地に駆けつけた日本人の、皆の思いも届かず日本は結局3戦全敗となって
   しまいました。
   NHKのスタジオでコメントしていたラモス選手の、露骨な個人攻撃的なコメントには3戦通じてずっと
   反発を感じていましたが、昨日の「日本のサッカーはこんなものじゃない」という発言だけは「そうだ」と
   思いました。
   川口くんはよく頑張ったと思います。好セーブも連発し、評価も高かったようです。
   でも、それが勝利に結びつかなければ何もならないのが、GKの悲しさですね。
   マリノスサポーターとしては、岡田監督から「攻撃の柱に」と指名された城選手が全く機能しなかった
   ことが、本当に情けないです。
   彼が「エース」としての働きをしていれば勝てた試合があったはずですし、「カズがいれば」という声も
   封じられたでしょう。(別に三浦選手のことはファンでも無いし、嫌いでもありませんが)
   それにしても試合中シュートがはずれても、パスをカットされても、選手たちの悔しがり方が足りなかった
   ように思ってしまいます。
   勿論悔しくないはずは無いのですから、観ているこちらの思い込みが激し過ぎたのかも知れませんが。
   試合終了後、本当に悔しそうに唇をかみしめていた井原選手、涙を流していた川口くん
   「お疲れさま」としか言いようが無いのも、悔しいです。
   悔しい、と言えば何とロッテは今日も負けてしまい、20年ぶりの11連敗で単独最下位。
   昨日はコミィが好投したにもかかわらず、点をとれず、延長11回に勝ち越されての負け。
   毎年6月は勝率が低い、と言ってもあんまりの状態です。
   4月末時点で首位だったのが、今では信じられません。(まあ、去年もそうでしたけど・苦笑)


1998年6月20日(土)    みんな、勝てず(号泣)

   サッカーW杯も気になりながらも、日本ハム−ロッテ戦を観に東京ドームへ。
   外野のタダ券目当てに入会している日本ハムファンクラブの「応援デー」ということで、内野指定席の
   券をもらって、券の席とは逆の3塁側内野席で観戦しました。(苦笑)
   外野には試合前と、試合途中の7回表裏だけ行きましたが、やはり外野と内野では随分気分が違い
   ます。(勿論、見える角度も違いますし・・・)
   試合の方はただただ脱力してしまうような負け方でしたが、日本ハムの黒木投手が出てきた時に
   いつもの「にせものコール」をしたレフトスタンドの応援団が、ロッテの黒木投手が出てくると今度は
   「本物コール」をしたのには、笑えました。(苦笑)
   帰ってみればジャイアンツも負け、W杯の日本代表も負け。(涙)
   どれか1つくらい勝ってくれてもよさそうなものですが、今日は全部負けでした。
   特にW杯はこれで予選リーグ突破はほぼ絶望となってしまい、試合終了の瞬間は本当にがっくりきま
   した。 
   みんな頑張っていたのに、やはり世界の壁は厚い、ということでしょうか。


1998年6月19日(金)    コミィ、また勝てず(涙)

   今日もベル即で退社して、東京ドームに日ハム−ロッテ戦を観戦に行ってきました。
   先発がコミィだったので緊張していたのと、試合前に時間が無かったのとで、結局何も食べず、何も
   飲まずに完封負けを観て、くたくたになって帰ってきました。(涙)
   それにしても、コミィはどうして勝てなくなってしまったのでしょう。
   今日は調子は悪くなさそうだったのに・・・確かに味方のエラーも痛かったですが、エースならそんな
   ことに影響はされないはずです。
   それにしても、頭部に死球を受けて、ぴくりとも動かずに担架に乗せられて退場していった清水捕手は
   大丈夫でしょうか、心配です。


1998年6月15日(月)    視聴率66%!!

   何と昨日のW杯、日本−アルゼンチンの試合は最大瞬間視聴率が66%だったそうです。
   会社でもほとんどの人が観ていたようで、お昼休みは昨日の試合の話で盛り上がりました。
   今朝は新聞休刊日で一般紙の朝刊はありませんでしたが、スポーツ新聞などでも大体川口くん
   プレーへの評価は高かったようで、一安心。
   決勝の1点は防ぎようがなかったという判断でほっとしました。
   確かにアンラッキーな失点でしたから。
   選手たちも皆、すぐにクロアチア戦に向けて切り換えているようです。
   昨日の試合を観て、試合後のインタビューを聞いて、本当に選手たちが頼もしく思えました。
   「日本代表」の名にふさわしい選手たちだと思います。


1998年6月14日(日)    日本代表、アルゼンチンに敗れる(涙)

   いよいよサッカーW杯に日本代表が登場しました。
   いきなり優勝候補のアルゼンチンと対戦、ということで私は朝から緊張していました。(苦笑)
   試合中も、ピッチに立っている選手たちよりもテレビの前の私の方が肩に力が入っていたようです。
   結局、アルゼンチンには負けてしまいましたが、日本代表はよく戦ったと思います。
   得点出来なかったのは残念でしたが、アルゼンチンを1点に抑えたのは収穫ではないでしょうか。
   今日の悔しさをバネに次のクロアチア戦を戦って欲しいと思います。


1998年6月7日(日)     W杯まであと3日

   本当は、今日も3日連続で東京ドームに日本ハム−ロッテ戦を観に行く予定でしたが、諸事情により
   今日は行かれませんでした。
   いよいよサッカーのW杯開催まで、あと3日、日本の試合まであと1週間となりました。
   話題は少々遅れましたが、日本代表の発表には随分反響があったようですね。
   私は「カズは危ないかなぁ」と思っていたので、それほど驚きませんでしたが、それでも「本当に
   はずすとは」と岡田監督の決断に感心してしまいました。
   多分、最後まで迷って、だからこそニヨンでの発表になったのでしょう。
   勿論、カズ選手にはショックだったと思いますが、今の岡田監督率いる日本代表チームの中では
   仕方が無いことだとも思います。
   NIFTY SERVEの関連フォーラムでも議論が白熱していて、とてもログを読みきれません。(苦笑)


1998年6月5日(金)     コミィ、勝てず(涙)

   昨日の予告先発発表から、今日はコミィの先発とわかっていたので朝から落ち着きませんでした。
   終業ベルと同時にロッカールームに駆け込んで、大急ぎで着替え、東京ドームへと向かいました。
   大手町からだと丸ノ内線ですぐ、しかも丸ノ内線の出口は外野席入り口に近い、ということで思ったより
   早く、ドームに着くことが出来ました。
   それにして、コミィ先発の試合は心臓に悪いです。
   今日も完璧な立ち上がりに見えたのですっかり完封気分でしたが、一挙に逆転されてもうがっくり。
   一緒に観戦していた毬印団仲間に「さっきまでと顔色が違う」と言われるほどでした。(涙)
   追加点が取れなかったのも大きかったですが、それにしても一体何故突然コミィの投球が乱れて
   しまったのでしょう。(謎)





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             YOKO IMAI                     (06/29/'98)