2001年のコミィ
| 月日 | 対戦 | 回数 | 打者 | 球数 | 安打 | 本塁打 | 三振 | 四死球 | 失点 | 自責点 | 勝 | 負 | 防御率 | |
| 03/30 | ヤクルト | 3 | 16 | 73 | 5 | 0 | 1 | 3 | 4 | 4 | 0 | 1 | 12.000 | |
| 04/06 | 阪神 | 3.1/3 | 18 | 59 | 8 | 0 | 2 | 2 | 4 | 4 | 0 | 2 | 11.368 | |
| 04/12 | 広島 | 4.1/3 | 20 | 67 | 6 | 0 | 3 | 1 | 2 | 2 | 0 | 2 | 8.437 | |
| 05/05 | 巨人 | 6 | 25 | 95 | 3 | 0 | 5 | 3 | 1 | 1 | 0 | 2 | 5.940 | |
| 05/18 | 巨人 | 3 | 17 | 67 | 7 | 2 | 2 | 2 | 4 | 4 | 0 | 3 | 6.864 | |
| 05/24 | 広島 | 8 | 30 | 100 | 6 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 1 | 3 | 4.879 | |
| 06/01 | 阪神 | 9 | 33 | 134 | 6 | 0 | 6 | 1 | 1 | 1 | 2 | 3 | 3.927 | |
| 06/09 | 中日 | 9 | 35 | 122 | 10 | 0 | 7 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 3.153 | |
| 06/15 | 阪神 | 6 | 25 | 97 | 6 | 0 | 4 | 4 | 3 | 3 | 4 | 3 | 3.309 | |
| 06/24 | 巨人 | 6.2/3 | 27 | 104 | 7 | 1 | 4 | 1 | 3 | 3 | 4 | 3 | 3.394 | |
| 07/01 | 中日 | 5.1/3 | 26 | 99 | 8 | 0 | 0 | 2 | 3 | 3 | 4 | 4 | 3.534 | |
| 07/08 | 巨人 | 8 | 30 | 104 | 6 | 1 | 4 | 1 | 2 | 2 | 5 | 4 | 3.390 | |
| 07/27 | 阪神 | 8.1/3 | 30 | 93 | 3 | 0 | 5 | 2 | 2 | 2 | 6 | 4 | 3.262 | |
| 08/03 | 巨人 | 6 | 25 | 81 | 7 | 2 | 2 | 2 | 4 | 4 | 6 | 5 | 3.453 | |
| 08/10 | 広島 | 9 | 33 | 107 | 7 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1 | 7 | 5 | 3.221 | |
| 08/18 | 阪神 | 9 | 33 | 134 | 3 | 0 | 4 | 2 | 0 | 0 | 8 | 5 | 2.942 | |
| 08/24 | ヤクルト | 3 | 15 | 50 | 5 | 2 | 1 | 1 | 6 | 4 | 8 | 6 | 3.196 | |
| 08/31 | 中日 | 7.1/3 | 32 | 115 | 8 | 0 | 3 | 2 | 1 | 1 | 9 | 6 | 3.069 | |
| 09/07 | 中日 | 3 | 18 | 64 | 6 | 0 | 1 | 3 | 4 | 4 | 9 | 7 | 3.298 | |
| 09/15 | 阪神 | 4.2/3 | 20 | 79 | 6 | 0 | 3 | 1 | 3 | 2 | 9 | 8 | 3.32 | |
| 09/22 | 広島 | 7.2/3 | 31 | 100 | 8 | 0 | 2 | 1 | 3 | 2 | 10 | 8 | 3.26 | |
| 09/28 | 広島 | 9 | 33 | 96 | 9 | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 11 | 8 | 3.05 | |
| 10/05 | 阪神 | 8 | 29 | 104 | 4 | 0 | 5 | 1 | 1 | 0 | 12 | 8 | 2.88 | |
| 10/11 | 中日 | 2 | 11 | 32 | 6 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 12 | 9 | 3.30 |
・2001年、登板日談話
☆ 9月28日 対広島戦(完封で11勝目)
29日付・読売新聞より
横浜の1安打勝利の立役者である小宮山は「奇跡ですね」自分の投球はそっちのけで感心した
様子だったが、96球の省エネ投法は見事。6回には、「あれしかなかった」という絶妙なシュートで
金本の連続打席無併殺打の記録も止めてしまった。
☆ 9月15日
阪神23回戦(甲子園)で通算2000投球回を達成した。プロ野球81人目。
初登板はロッテ時代の1990年4月12日の日本ハム戦。
☆ 8月18日 対阪神戦(完封で8勝目)
森監督「小宮山もスイスイ投げてくれた。」
阪神・野村監督「小宮山?芸術を見せられた。若いから手玉に取られる」
☆ 7月27日 対阪神戦(8.1/3回、6勝目)
「足は不安はあったけど、丁寧に投げられたのがよかった。最後?勝てばいいですよ。」
森監督「小宮山が本当によく投げた。それがすべす。(3連戦の)頭を取れたのが大きい。やっぱり
ピッチャーだよ。」
☆ 5月24日 対広島戦(8回無失点、1勝目)
「ほっとしました。(昨季の後半から、今季も含めて10連敗で)息苦しい時期が長かった。」
森監督「小宮山に尽きる。ベテランらしい投球だった。自信を取り戻してくれたらいい」
☆ 5月5日 対巨人(6回1失点)
「きょうは勝負どころで球が言うことを聞いてくれた」
(5月4日 出場選手登録)
(4月13日 出場選手登録抹消)
★ 4月6日
「立ち上がりを何とか抑えられたので、いけそうな気がした。そう思ったら打たれてしまった。」
オフの動き
☆ 1月11日 古巣で始動。
FAで米大リーグ、メッツに移籍した小宮山悟投手(36)が11日、古巣ロッテの浦和球場で自主
トレーニングをした。ロッテには10年在籍。時折、同僚だった黒木知などと会話を交えながら
キャッチボール、ランニングなど約3時間、体を動かした。 2月上旬に渡米予定という小宮山は
「今年から大リーグでやるといっても調整の仕方はいつもの年と同じ。自分ができる練習をす
べてこなしてから米国に行きたい」と未知の世界へ挑む決意を語った。
☆ 12月19日 読売新聞夕刊より。
米大リーグ、メッツと契約した小宮山悟投手(36)の入団発表が18日、メッツの本拠地である
ニューヨークのシェイスタジアムで行われた。
「空いている番号の中から希望した」という背番号「17」のユニホームにそでを通した小宮山は
「昨日はなかなか寝つけなかった。名前の入った背番号を見て、むちゃくちゃうれしく思った」と
何度も「うれしい」を連発、高校出のルーキーのように喜びを素直に表現した。
ロッテ時代の1995年に指揮を執ったバレンタイン監督の下で再びプレーすることになるが、
「投げろといわれた所でしっかりやりたい」と抱負を語った。
フィリップス・ゼネラルマネージャー(GM)は小宮山の起用法について「先発、リリーフの両方を
こなしてもらうことになるだろうが、リリーフでの登板がより多いだろう」と述べた。
小宮山の基本年俸は20万ドル(約2500万円)だが、最高で50万ドル(約6250万円)の出来高が
付帯しており、フィリップスGMによると先発なら登板30回、リリーフなら60回で最高の50万
ドルを得るという。
☆ 12月3日 読売新聞朝刊より。
米大リーグ、メッツと仮契約した小宮山悟投手(36)の契約内容が1日、明らかになった。メッツの
スティーブ・フィリップス・ゼネラルマネージャー(GM)によると、契約金30万ドル(約3750万円)、
基本年俸は大リーグ最低保証の20万ドル(約2500万円)、また最高50万ドル(約6250万円)の
出来高が付帯している。2003年の契約は球団側が選択権を持つ。フィリップスGMは小宮山を
「素晴らしい制球力があり、プレートの両サイドに投げ分けられる。日本のグレッグ・マダックス
(ブレーブス)として知られている。」と表現した。
☆ 12月2日 読売新聞朝刊より。
横浜からフリーエージェントとなった小宮山悟投手(36)の大リーグのニューヨーク・メッツ入りが
1日、決まった。日本人大リーガーは13人目で、36歳は最高齢。都内のホテルでメッツのミナヤ・
ゼネラルマネジャー(GM)補佐、大慈弥スカウトとともに記者会見した小宮山は「夢が現実となり
喜んでいる」と、1999年のオフに続く2度目の”挑戦”が成功し、笑顔がこぼれた。正式契約は
小宮山が渡米、17日に結ぶ予定。
メッツに決めたことについては、「監督がボビー(・バレンタイン)だったこと。もう一度一緒にやりた
かった」と、ロッテ時代の95年に指揮を執った監督の存在を挙げた。さらに36歳という”高齢”
での挑戦については、「年齢の不安は国内外を問わない」とし、「狙った所にボールが行けば
抑えられると思う」と自信を見せた。メッツは先発かロングリリーフとして期待しているという。
年俸などの条件は明らかにしなかった。契約は1年で、2003年に関しては球団がオプション
(選択権)を持つ。
☆ 11月29日 FBBALL会議室#2より。
ニューヨーク・メッツが28日、MLB移籍を目指して横浜からFA宣言した小宮山悟投手の獲得を
目指していることを明らかにした。球団広報によると交渉はまだ完了していないが、1週間以内
にも正式発表される見通し。年俸はMLBの最低年俸である20〜30万ドル前後に抑えられ、登
板数や投球回数に応じた出来高払いが加わると見られる。
小宮山悟投手
「ようやくMLBに行けるかも知れないところまで来られたし、内心嬉しい。理想的と言えば理想的な
球団ではある。答えようがないが、代理人との交渉で手応えがあるのかも知れない。あくまで
向こうの話を聞かなければ分からない。今日、明日中に連絡が来るだろう。税金などお金の問題も
あるし、判断する時間は必要だが、人生全てを懸けた人(代理人)から『これでどうだ』と言われたら
間違いなく『イエス』」
☆ 11月29日 読売新聞朝刊より。
米大リーグ、メッツは横浜からフリーエージェント(FA)となり、大リーグ入りを目指していた小宮山
悟投手(36)獲得の意向を固めたことが28日、わかった。メッツの広報担当者は28日、「交渉は
まだ完了していない。しかし、週末までに正式発表出来るのではないか」と話した。
昨年メッツ入りした新庄剛志外野手と同様、大リーグの最低年俸である20万ドル前後に抑え、
登板数、投球回数に応じた出来高払いが加わるとみられる。メッツは小宮山を中継ぎ、または
5番目の先発として期待している。契約すれば、通算13人目の日本人大リーガーとなる。小宮山は
今季12勝9敗、防御率3.03をマーク。
1995年にバレンタイン監督がロッテで指揮を執った際に主力投手だった。
メッツが獲得の情報に小宮山は「コメントのしようがない」と話している。
☆ 11月21日 米から身分照会。
MLBのコミッショナー事務局から日本の同事務局に20日付で同投手の身分照会手続きがあった
ことを明らかにした。今後の交渉は代理人のトニー・アタナシオ氏(Tony
Attanasio)に一任する。
小宮山悟投手
「自分を本気で獲得しにきている球団があるということで、一歩前進したかなと思う。ホッとしている。
代理人に“もうこれ以上できない”というところまで任せる」
☆ 11月16日 代理人と会談。
代理人を務めるトニー・アタナシオ氏(Tony Attanasio)と会談。希望する米移籍について条件面を
含め、今後の日程などを打ち合わせた。同氏は今週末に米国に帰国し、MLB各球団との移籍
交渉を本格化させる見通し。
小宮山悟投手
「代理人から『いくつか“いい話”がある』と言われたが、“いい話”のレベ ルが代理人と自分で
違うから、まだピンと来ない」
☆ 11月15日 メッツが獲得に意欲。
ニューヨーク・メッツが横浜からFA宣言した小宮山悟投手の獲得に関心を示していることが明らか
になった。同日付の地元大衆紙Newsdayが報じたもので、メッツは同投手をロングリリーフとロー
テーションの谷間を埋める先発の両方を任せられる投手として評価し、基本年俸を抑えて出来高分
が加算されていく形態の契約を結びたい意向だという。
☆ 11月14日 JCB・MEP賞
セ・リーグの公式記録員の採点による「JCB・MEP賞」優秀賞(賞金100万円)が贈られた。
☆ 11月2日 横浜と2度目の交渉。
横浜と2度目の交渉を行った。10月31日にFA宣言し、MLB移籍希望を表明した際には、球団に
条件提示を求めず、意思を伝えるだけにとどまったが、一部報道で球団の金銭的評価が伝え
られたことに不快感を示し、急遽話し合いを行った。今後の交渉は未定。
小宮山悟投手
「(横浜に)残る意思があるから話し合いを行った。自分より先に報道されては 信頼関係が崩れる」
野口善男取締役編成部長
「話し合えばわだかまりは取れると思う。(報道には)迷惑しているし、これ以 上話すことはない」
☆ 10月31日
フリーエージェント宣言をし、大リーグ入りを目指すことを発表。
球団に対し、「メジャー以外だったら、横浜でお願いします」と話した。