横浜移籍への道程


1999年10月12日
   シーズン終了。

1999年10月15日
   契約更改の席で「FA宣言」を申し出たところ、「来季の構想に入っていない」とまさかの戦力外通告を
   受ける。

1999年10月18日
   米大リーグを含めた他球団と自由に交渉できる「自由契約選手」に。

1999年10月29日
   FA権行使、米大リーグ行きを断念。

1999年11月3日
   ロッテのファン感謝デー。
   予定の催し物に参加せず、ユニフォームを着ないでスーツ姿で登場。

1999年11月10日
   日韓プロ野球出場。

1999年11月2日
   横浜ベイスターズと交渉。

1999年11月4日
   再び、大リーグ志望表明。国内球団との交渉は一時保留とする。

1999年11月9日
   FA権行使を最終的に断念。

1999年11月10日
   マリナーズより身分照会。

1999年11月11日
   「第一志望はメッツ」であることを表明。

1999年11月13日
   オリックスと交渉。

1999年11月14日
   パ・リーグ東西対抗戦出場。
   「ロッテの小宮山」として最後の登板。

1999年11月15日
   国内残留の場合の移籍先を横浜に絞る。

1999年11月17日
   移籍先決定はロッテの保有権の切れる12月2日以降となることを表明。

1999年11月30日
   大リーグ数球団との交渉の都合で結論は12月10日過ぎになることを表明。

1999年12月2日
   自由契約選手として公示される。

1999年12月10日
   移籍先を米大リーグならメッツ、ロッキーズ、マリナーズ、国内球団なら横浜に絞ったことを表明。

1999年12月18日
   移籍先をメッツと横浜に絞ったことを表明。

1999年12月19日
   横浜ベイスターズへの移籍決定。
   「家族のことも含め、いろいろ考えた。夢よりも現実を選ぶことで踏ん切りをつけた」

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                  YOKO IMAI       (1999/12/30)